1年以内に年商1億円を目指す、
次世代起業家・経営者アカデミー

1年以内に年商1億円を目指す、次世代起業家・経営者アカデミー

画像 講師紹介
INSTRUCTOR

次世代起業家・経営者アカデミー学長 兼 コンテンツ総監修
元ドクターシーラボ社長

池本 克之 いけもと かつゆき

経営者アカデミーの学長を務める池本

1965年神戸市生まれ。ノンバンク、海外ホテル事業、生命保険代理店営業を経験。財務、マーケティング、セールス、人材教育など体得。株式会社ドクターシーラボ移籍後、代表取締役として2003年3月ジャスダック店頭公開に貢献。年商120億円企業へと成長させた。

2004年3月株式会社ネットプライス執行役員に就任。公開企業のマネジメント経験を活かし、若いベンチャー企業の参謀役としてカスタマーサービス、物流、CRM、仕入先開拓等の機能を統括。2004年7月にはマザーズ店頭公開。

その後、複数の企業経営を経て、現在は組織学習経営コンサルタントとして多くの企業の業績向上、企業文化の発展をコンサルティングしている。

著作に『年商3億円を120億円に変える仕事術』(大和書房)、『40倍稼ぐしくみ』(PHP研究所)、『プロフェッショナルリーダーの人を見極め、動かし、育てる法則』(ダイヤモンド社)、『オバマ「勝つ話術、勝てる駆け引き」』(講談社)がある。セミナー、講演、メディア出演多数。

講演実績

クォンタムリーブ、船井総研、タナベ経営、日本ユニシス、早稲田大学、法政大学、日経ベンチャー、東京理美容協会、日本経営合理化協会、建長寺、他多数

対談実績

出井伸之(元ソニー会長)、南部靖之(パソナ社長)、近藤太香巳(ネクシィーズ社長)、 堀江貴文(元ライブドア社長)、他多数

メディア実績

朝日新聞、文化放送、広報会議、通販新聞、流通産業新聞、ベンチャー通信、月刊総務、医療経営士、人事マネジメント、他多数

出版実績

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「いまどき部下」を動かす39のしかけ

「いまどき部下」を動かす39のしかけを 11月17日に発売しました。 その「任せ方」…

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日本実業出版社

今いる仲間で「勝手に稼ぐチーム」をつくる

年商3億が5年で75億円に激増するなど、多数の実績をあげているチームビルディング手法を公…

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朝日新聞出版

年収の伸びしろは、休日の過ごし方で決まるズバ抜けて稼ぐ力をつける戦略的オフタイムのコツ34

1 「オフ」を活かせば、成長速度は2倍になる2 仕事のプレッシャーを楽しめる「思考のクセ…

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日本実業出版社

今いる仲間で「最強のチーム」をつくる自ら成長する組織に変わる「チームシップ」の高め方

「最強のチーム」のたった1つの条件とは?──はじめに第1章 私はなぜ、チームをうまくまと…

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起業家大学出版

~2社を上場に導いたリーダーから学ぶ~企業成長の限界を乗り越える「聴く経営」

会社を大きくするヒントはお客様と従業員が持っているクレームや嫌な意見を心から「嬉しい」と…

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ユナイテッド・ブックス(阪急コミュニケーションズ)

ゼロからはじめる ネット通販の教科書

1 通販で成功するための基本テクニック74(“通販とは何か”ビジネスを始めるための基礎知…

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アスコム

上場請負人と呼ばれるプロ経営者が書いた 社長の勉強法

リーダーには「勉強の技術」も必要だ!●なぜ、普通の勉強ではダメなのか?●勉強で大事な「三…

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講談社

オバマ「勝つ話術、勝てる駆け引き」

第1章 予備選の死闘―ヒラリーをねじ伏せた戦術と話術(予備選前編 逃げ切り目指すヒラリー…

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ダイヤモンド社

プロフェッショナル・リーダーの 人を見極め、動かし、育てる法則

1章 「人」を見極める法則(そこにいる人でベストなチームを作る将来を見据えて「逆算の思考…

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PHP研究所

40倍稼ぐしくみ

1 なぜ、40倍の年商を実現できたのか2 これが「稼ぐ」しくみだ3 ゼロからスタートして…

次世代起業家・経営者アカデミー 特別講師

大芝義信 おおしば よしのぶ

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株式会社グロースウェル 代表取締役CEO
ビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科 経営管理専攻 経営管理修士(専門職)
MBA(Master of Business Administration)取得
スポットCTO/CIO(ITコンサルタント)

ビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営管理修士(MBA)取得。
01年からWeb業界に携わり、07年から近年にかけて、楽天、ミクシィにて技術的なバックグラウンドを活かし、企画・開発の推進および海外開発拠点の業務プロセス策定やブリッジなど担当。12年グリー株式会社(GREE)に入社し、プラットフォーム事業の企画/開発/運営におけるプロジェクトマネジメント業務に従事。

13年成長ベンチャー企業に移り、開発部門の組織マネジメントや最高技術責任者(CTO)を担う。
15年MBA取得後、技術×経営の最大化を目指す。

現在は、スタートアップ企業の技術面や経営面の指南役を主軸として、経営者向けコーチングや複数の事業立ち上げと幅広く活動中。その他、数社企業の経営および技術顧問に従事 。

顧問先実績(経営顧問/技術顧問)

IT企業を中心に数十社

次世代起業家・経営者アカデミー 代表講師

加藤将太 かとう しょうた

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1984年兵庫県生まれ。京都大学工学部、同大学院MBA(経営管理大学院)を卒業し、株式会社NTTデータ入社。

2010年10月に個人事業主として開業し、2012年1月にココデ・グローバル株式会社を設立、代表取締役社長に就任。創業1年目で1.1億の売上を達成。1年2ヶ月後の2013年3月、Amazon法人部門月間売上高2位(4,583万円)を達成。

書籍流通支援システム、法人向けデータマーケティング支援システム等の開発・販売をおこなう一方で、MBAで学んだ知識や、実際に0から短期間で事業を軌道に乗せた経験をもとに、法人向けの経営セミナー・コンサルティング事業もおこなう。

2013年より開始した「次世代起業家育成セミナー」はこれまでに5回開催され、累計3,000名の法人代表・法人代表候補・起業家の卵が参加。また、加藤が直接経営者にコンサルティングをおこなう「経営者育成メンバーシップ」を運営し、累計1,000名以上を指導するなど、経営者の輩出に尽力している。

なお、現在は自らが代表を務める会社を4社経営している。また、起業未経験者の支援も積極的におこなっている。

2016年、ウェブマーケティングにおいて日本一を達成(3,000名に対し5.4億円の売上、単価16万円で日本一)。
2018年、当スクールの講師として映像に登壇し、再びウェブマーケティングにおいて日本一を達成見込み(次世代起業家・経営者育成アカデミーを1人で20億円販売見込み)。
日本のマーケティングにおける第一人者の1人。

出版実績

加藤将太✕池本克之の対談DVD

「年商3億円を1年で18倍以上、4年で120億円の上場企業に育てた経験の全て」を聞き出しました!

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2社を100億円企業に成長させた会社の成長請負人、組織学習経営コンサルタント池本克之氏と、KDCホールディングス株式会社 他3社を経営するシリアルアントレプレナー・経営コンサルタントの加藤将太氏との対談DVD。
加藤氏がインタビュアーとなり、池本氏の学生時代からサラリーマン時代、社長時代、そして現在にいたるまでの人生と「上場するための組織の要件」に迫ります。

(Amazon商品説明文より)

講師経歴

京都大学工学部電気電子工学科卒業

京都大学経営管理大学院経営管理専攻事業創再生マネジメントコース終了 MBA取得

(株)NTTデータ 第一公共事業本部第二公共システム事業部 勤務後、独立

プロフィール

  • 0歳、清閑寺家(※)の末裔として東京に生まれる

    父方の曽祖父。藤原北家 勧修寺流の公家で、十三名家の一つ。爵位は伯爵。
    現在、華族制度は現在廃止されていますので、育つ上での実感は当然ですがありませんでした。

    父は父の祖父からその精神面(元・公家であることの態度と精神に関する責任)を厳しく躾けられたらしく、そのせいか、僕は父には勉強しろとか、良い大学に行けと言われた記憶は全くありませんが、精神性に関する正しさは口やかましく教育されたように思います。

    その影響か、僕は6歳で世界人口がこのまま増えたら成り立たなくなる、どうしようと悩み、10歳で世界の戦争を心配し、18歳頃、日本の教育を良くするという現実的に影響力を与えられる目標にようやく辿り着きましたが、それまではアイデンティティに悩んだものです。その手段としてMBAを経て経営者を目指す訳ですが、MBAに進学した当時父には「アメリカの資本主義の奴隷に成り下がるのか」と怒られたものです(父は戦争経験世代です)。今は、行動の理由が説明できるので仲は良いですが、当時は情熱しか無かったため、選択の正当性を説明するのは難しかったのです。

  • 2歳、兵庫県西宮市に引っ越してくる

  • 11歳、塾に行かずに全国模試でTOP10に入る。

    その後、人に勧められて受けたMENSA試験に合格。

  • 15歳、エンジニアだった父に触発されて入学した高専(※)で硬式テニスと出会う。

    勘違いされる方も多いのですが、高専は工業高校ではなく、高校でも、短大でも、大学でもなく、"高専"という一つの教育機関の名称です。当時、地元の学区から進学できる一番良い公立高校(西宮市立西宮北高校 理数科)を上回る偏差値(65前後)がありました(尚、同高校 理数科は名称変更の後、2003年に募集停止され普通科のみになったので、この傾向はますます顕著です)。参考:兵庫県高校偏差値一覧

  • 17歳、硬式テニス朝日新聞杯ベスト8。

    テニス費用はアルバイトで賄う、という方針のため土日に働いている間に、
    月々30万円の支援を得て個人コーチを付けてもらっている同級生を見て
    「始めたのが遅くても、上達速度だけでも上回る」という
    当初の目標達成は困難だと感じ、テニスを一時休止。

    強みを振り返って、テニスと同じような興奮を
    自分に与えたものとして、留学に思い至る。

    大学院で奨学金留学する、それも遊びや語学のための
    留学ではなく、Ph.Dを取得するという目標を立てる。

  • 激しいテニス練習環境と学習環境が両立できる。
    京都大学(当時関西学生2部リーグ、国公立大学としては強かった)を目指す。

    テニスの練習再開を目指して。

  • 19歳、高専でTOEIC850点を獲得。
    その他京都大学工学部に合格(神戸高専同学科から合格は創立以来初(※))。

    当時の神戸高専の担任教師談。

    尚、高専卒業生全国約1万人中、京都大学と東京大学には毎年合わせて
    30~50名程しか合格せず、その進学率は全体の0.5%以下と、
    高校→東大・京大ルートより実は狭い。

    また、その内訳も、当時京都大学は約15名合格、東京大学へは約25名合格と、
    実は京都大学の方が数的には狭き門であった。

    このような情報不足の中、道を切り拓く術はこのあたりで学ぶ。

    また、「人はやれば出来る」という信念を深くし、
    自分ではなく他人も出来るはず、という教育への情熱をこの経験からも深める。

  • 19歳~21歳"暗黒の大学生生活"。

    この2年間にした事は
    「教職科目(中学・高校×数学・理科)と合わせて2年で約140単位取得」
    「社会人プロ劇団のための活動(主として発声練習。後のセミナーに活きる。)」
    「2つ起業(うち1つ利益化。詳細は後述)」
    「往復4時間の自宅からの通学時間中の英語学習」
    「学会資料翻訳のアルバイト・学会の英語書記アルバイト」
    「全ての教養科目に本気で取り組みオール優」
    「個別指導・家庭教師等の受け持ち」
    「学習指導方法論の習得(主として読書)」。
    人生で一番忙しかった時期かもしれない。

    振り返ると"何かの能力は身に付いた気がするが忙し過ぎて覚えていない(笑)"。

  • 20歳、UCバークレーに短期留学。憧れだった留学を果たす。

    しかし、多忙により教職のインターンに留年なしで行く時間が取れず
    免許の取得までは至らなかったこと、年100~300万円稼ぐアルバイトの継続と2つの起業、
    テニスの練習時間確保ができなかったこと、
    7年続けた工学部での学習と2度目の研究・論文執筆など、
    振り返ってみるがそれでも「冒険」が少ないように感じた。

    そして留学は渡米そのものではなく「冒険」が目的だったと気付き、
    当面の目的を経営に変更(最終目標が教育であることは変わらず)。

    その前段階として京都大学MBA経由でコンサルに入る事にする。

    つまり、コンサルで経営を学ぶ→経営で影響力を付ける→教育を変える。

  • 21歳、2つの起業。

    ベトナム人とベトナムにITをアウトソーシングするベンチャー立ち上げを試みるは知識不足から挫折(1つ目の起業)。

    目標を小さくして学内ポータルサイトを立ち上げて軌道に乗せる(2つ目の起業)。

    (その後後輩に経営を任せ、年50万円程の不労所得化に成功。)

  • 22歳、1ヶ月の勉強で京都大学MBA(経営管理大学院)に合格。

    今までの一応の総復習として、3日間の勉強で、京都大学工学部の大学院にもダブル合格。

    24歳で予定通り京都大学大学院を卒業。

  • 大学院では学生団体を作り、
    同級生15人の協力を得て、述べ500名に就活を指導。
    京都大学の中でも、外資系コンサル・金融・総合商社等、
    いわゆる難関就職先へ多数の合格者を輩出。

    尚、この時主催していた練習会に企業を呼んだところ、
    協賛金が得られたことから、これを事業化すれば年商数億円の売り上げになる事を考えたが、
    「人生をかける程の事業ではない」と感じ、一度就職することにする。

  • 戦略コンサルティングファームとIT企業の内定を獲得。

    迷った末、急がば回れでIT企業へ。

    つまり、事業会社の力学を学んでから→コンサルで経営を学ぶ→
    経営で影響力を付ける→教育を変える。

  • 当時ルーチンワークとして担当していたデバッグプロセスを自動化し、
    手動でやっていたデバッグからレポート出力まで自動化するツールを考案し、残業して完成を試みる。

    しかし、課長に見つかり、残業してはいけないよと訓示を受ける。

    そこで、会社に迷惑をかけないため早朝出社して完成を試みる。

    しかし、早朝出社と時短勤務をしていたワーキングマザーに「おはようございます」と声をかけられる。
    ドキドキしながらも「おはようございます」と返したが、
    その夕方課長から呼び出されてやはり勤務時間外の勤務はいけないと訓示を受ける。

    「事業会社では何も新しいことはさせてもらえない。これなら脱サラして自分のやりたい事でできることをやろう。」
    そう考え、5ヶ月で脱サラし、予定していた全てのプロセスをすっ飛ばして教育を変える活動を始める。

  • 24歳、関西の大手中学受験塾の希学園に算数科非常勤講師として入社。

    同一教育システムでは1000人受験し、
    1年以内に正講師になれるのは40人(25人に1人)という状況(※1)下で、
    独自の上達理論により、5週間(1年の10分の1の時間)で正講師に昇格。

    算数科講師において創立20年来初の快挙(※2)。

    1:同一の教育システムを採用する浜学園で受験時の試験官談。

    2:当時の希学園教務課の算数科担当講師より。

    尚、講師の能力系は「ラジオのようにしゃべること」、
    「綺麗な板書をすること」「生徒と対話すること」であり、
    これら能力を別々に鍛えた。

    具体的には、板書:直線、円、文字を1日8時間練習、
    しゃべり:名物講師のDVD音声を全て書き起こし暗唱、
    生徒との対話:週に1度だけテスト監督として練習、等。

  • 25歳、日本最高の算数科講師になっても、
    日本の教育は変わらないと気づき、
    影響力を身に付けるために経営を開始。

    つまり、経営で影響力を身に付ける→教育を変える。

    全国展開という道筋が見えた物販事業から始める。

  • 26歳、創業初月で3名を雇い、
    1年で延べ1000名以上を面接し社員数十人を使う社長に。

  • 27歳、創業1年目で1.1億の売上を達成。
    1年2ヶ月後の2013年3月、Amazon法人部門月間売上高2位(4583万円)を達成。

    日本の中古書籍の買取価格相場を3倍にする事を目的に、店舗展開を目指し邁進。

    手始めに金券ショップなどへ古本買取代理店を5店舗開拓、年商1,000万規模まで育てる。

  • しかし、販売の拠り所だったAmazonから、倉庫の設立計画が変わったから
    17万冊あった在庫を大幅に減らすよう指示され、
    一時営業停止により対応せざるを得なくなり挫折。

    大手の都合で経営計画を変えざるを得なくなるという危険性から、
    インターネットによるノウハウ付システムの貸し出し販売(ASP事業)に変更。

    1日で脳内成功させられない事業はうまくいかない、という感覚の形成。

    物販事業は事業モデルが事前に見えていたので上手く行ったが、
    買取店の全国展開は、仮説はあったが事業モデルがはっきりせず、
    また問題が起こった際の解決策の制定も不十分であった。

  • 28歳、その年の年商はほどんど落とさず事業転換に成功、
    ASPで利益を得るITベンチャーになる。

  • 28歳、MBAとコンサルを目指す中で培った経営、
    構造化の力と起業経験を組み合わせたセミナー
    「次世代起業家育成セミナー」をシリーズで開催。

    大々的な宣伝は行わず、それまで自分に魅力を感じてくれた方々に対する
    集客だけで累計3,000人を集める。

  • 現在、新しいコンセプトの統合マーケティングソフトとその関連事業を推進中。

    1984年10月14日生。